JR学研都市線交野新駅誘致のまちづくりニュース

シリーズ1

 20265月20日


交野市は令和4年~6年にかけ、JR新駅まちづくり助成金として8,000万円の予算を執行している。市民と地権者、関連企業へのニュースソースは、寺・向井田まちづくり検討会が発行するまちづくりニュース(交野市HP)であるが、令和67月に第7号が発行されて以来2年近く途絶えている。なぜか?(その理由はシリーズ2で明らかにする)

 

寺・向井田まちづくり検討会会長としての情報発信

 

この稿の発信者は当まちづくり検討会の会長で、技術士、中小企業診断士、行政書士。現役のプロコンサルタントである。なぜ寺・向井田まちづくりが2年間も停滞したままになっているか、私はそのことを知る中心人物である。交野市が口をつぐむなら、私は交野市民と地権者、関連業界に対し情報発信をする責務がある。

 

20年越しのJR新駅まちづくり

  

交野市では25年前の平成10年代に、寺・向井田地区にJR交野新駅誘致の気運が高まり、平成12年、JR学研都市線新駅誘致推進協議会が立ち上がった。(会長は奥嘉隆氏で当まちづくり検討会の現副会長である。(資料1)

 

<資料1:JR交野新駅まちづくり構想図(平成126月)>

しかるに、農業従事者の反対があり、その後凍結状態となっていたが、平成4年就農者の高齢化と後継者難で新駅まちづくりへの期待が再燃してきた。

 

私は向井田に田畑を所有しているが、その維持・管理に苦労していた。私は枚方市茄子作土地区画整理組合理事長でまちづくりの経験がある。旧知の寺の地権者の賛同も得たうえで、平成4年10月寺・向井田まちづくり検討会を設立、私は会長に就任した。交野市のレジェンド奥副会長と手を携えてこのまちづくりを強力に推進することとした。

 

青山・神宮寺を含め事業区域拡大へ

 

令和5年2月には山本市長とJR亀岡駅まちづくりの見学に行った。令和5年4月の第2回総会ではJR学研都市線交野新駅誘致のまちづくり構想を採択した。(資料2)

 

<資料2:寺・向井田まちづくりニュースNo.4(令和5年5月)>

令和59月の第3回総会においては、「令和63月には寺・向井田協議会を設立、同7月には事業化検討パートナーを募集する」旨発表した。しかるに、令和510月の役員会で、交野市より「北に隣接する青山・神宮寺地区への区域拡大」の新たな提案があった。

  

資料3を見て分かるように、JR新駅誘致まちづくりにとって青山・神宮寺地区と合同で進めることは理に通っている。総会の方針になかったことだが、役員会はこれを了承した。

 

<資料3:JR交野市新駅まちづくりゾーニング図>

資料3右下の工区・スケジュールは山本市長(令和4年3月当時議員)が作成したものである。山本案では青山・神宮寺地区を2工区としているが、今回の市の提案はすべてを1工区で令和14年に寺・向井田を含めた両地区の土地区画整理事業を完了しようとする意欲的なもので、可能ならこれにこしたことはない。市長の意向が反映したものであろう。しかし、ここから事態は暗転していくのである。

 

地方都市の輝く星へ

 

私は現市長の山本景氏とは黒田市長(当時)がすすめる交野市星田駅北まちづくり反対市民運動を通じて8年前知己となった。(資料4)

 

 <資料4: 山本景氏ブログ>

交野市寺・向井田地区は第二京阪沿道に位置し、俯瞰的に見れば、京阪・大坂・奈良の三都と等距離で、地政学的な拠点である。ここにJR学研都市線新駅ができれば、交野市は人口減少続く地方都市の輝く星となれるだろう。

 

 

JR新駅誘致について調査活動を続けていた山本議員(当時)の要請を受け、彼の原案をもとに私はまちづくりゾーニング図(資料3)とイメージ図(資料5)を作成した。

 

<資料5:JR交野市新駅まちづくりイメージ図>

―以下、シリーズ2につづく。

 

発信者:岡市敏治