ヨーロッパの孫に聞かせる日本と世界の歴史
第29話 インドの歴史
―多様性と混沌の世界―
岡市 敏治
ヒマラヤ山脈の恵みによって、世界最古の稲作と都市文明と世界宗教を生んだインドは、その豊かさ故に異民族の侵入にさらされた。カースト制度とヒンドゥー教、外来イスラム教に加えて、多言語…と混沌としたインドは、大航海時代となって、産業革命立国のイギリスに制圧される。過酷な植民地政策はインドを貧窮ひんきゅうの国にした。独立から75年人口14億、世界最大の民主主義国家となったインドは、「零ゼロの発見」の数学強国であり、IT産業で世界をリードする。
1.3つの大河が稲作とインダス文明と仏教を生んだ
恐竜が地球上で繁栄していた1億年前、インド亜大陸は南極近くにあった。プレートテクトニクス[1]によって北上を始めたインド亜大陸は、5000万年前ユーラシア大陸にぶつかり、これにもぐりこんでヒマラヤ山脈とチベット高原を隆起させた。インド洋からの湿った季節風はヒマラヤの壁にぶつかって上昇気流となり、大量の雪と雨をヒマラヤにもたらした。それは3つの大河(①プラマプトラ川、②インダス川、③ガンジス川)となって、乾燥のインド亜大陸を豊かな大地に変えた。
[1] プレートテクトニクス:地球内部は高温のため、地殻の下のマントルはゆっくり対流している。マントルの上に乗った大陸プレート(インドプレート、ユーラシアプレート、アフリカプレートなどがある)は年5~10㎝ずつ、何千万年もかけて海上を進み、他のプレートとぶつかって、山脈を形成する。
図1:稲作の起源地(佐々木高明『日本史誕生』集英社)
①プラマプトラ川は、ヒマラヤ山脈北側のチベット高原を東へ東へと流れ、ヒマラヤの東端で180度西に向きを変え、ベンガル湾に至る。その下流域のアッサムで8000年前、史上 初の稲作が始まった。それは長江を経て3000年前、縄文時代の日本に伝わる。ここから弥生時代がスタートした。
ヒマラヤの西端からは、②インダス川がアラビア海に注ぐ。この流域の肥沃な扇状地(ハラッパー、モヘンジョダロ)で4300年前、世界4大文明の一つインダス文明が開花した。同時代の文明に見られない都市計画のもと建設された整然とした都市遺跡は、他の文明を圧倒する規模をもっていた。
③ガンジス川は、インド北部を東流し、豊穣の流域は、今もインド人口の3分の1を養っている。この川はインドの川の中で最も重要で、かつ最も神聖な川として、インダス川にとってかわった。一生のうちで、ガンジス川に巡礼の旅をすることは、信心深いヒンドゥー教徒の夢である。これは2000年来変わっていない。
この地で2500年前、ブッダによって仏教が誕生した。それはガンダーラからシルクロード、中国を経て、西暦538年日本に伝わった。聖徳太子は仏教を理念とする国家建設を志した。今に至るも、日本人の約70%(8500万人)は仏教徒である。