映画『ラサへの歩き方』

 

岡市敏治

 

 

 

 チベットの聖なる巡礼ドキュメント映画『ラサへの歩き方』を見た。チベット東端の(マー)(カン)の小さな村の3家族11人が、はるか西方のラサへ、さらにはカイラス山までの2400キロを五体投地で旅をする。一行には78才の少女や妊婦、70才の老人がいる。ラサまでの1200キロは大阪から北海道稚内までの距離だ。この気の遠くなる道のりを五体投地で旅をする。川蔵公路縦断図を見てわかるように、芒康からラサまでは、標高5000m近い峠がいくつもある。難路中の難路だ。

 

 

 30年前、神戸大学チベット学術登山隊はクーラカンリ初登頂後、ラサから成都までこの川蔵公路を車で20日間かけて踏査した。五体投地の巡礼団に出会った私たちは、驚きあきれて思ったものだ。「いくら信仰のためとはいえ、尺取虫みたいに地べたを這って進むなんて!なんて無知で、野蛮で、非人道的行為なんだろう…。」

 

 

 

―わが巡礼団一行11人は、テント、食料、生活資材一式1年分を積んだトラクターを従え美しい牧草地帯、標高4000mの故郷芒康を出発する。濫滄(ランソウ)江(メコン川)と(ヌー)江(サルウィン川)をわたり、いくつもの峠を越え、ひたすら五体投地で西を目指す。そのかたわらを物資を満載した大型トラックが爆走する。(アブナイデハナイカ!

 

 ()()を通過する。まるでカナディアンロッキーのような美しい湖沼地帯だ。(コノ南ハカンリガルポ山群ダ!)森林地帯の()()は懐かしい。30年前は西部劇の街みたいだったのだが、見違えるような商店街になっていた。

 

 

五体投地でラサを目指す少女タツォ

 

 一行は元村長の家に泊めてもらって畑仕事を手伝ったり、時に大休止をとったり、何しろ絶景続きだし、結構楽しそうにも見える。荷車を牽引するトラクターが車に追突され大破して残置。みんなで重い荷車を峠の上まで引っ張りあげねばならない。峠に着くと、荷車をおいて元来た坂道を引き返して、五体投地で再び峠を目指す。手を抜かない。めげない。

 

 「五体投地とは、まず他者のために祈ることだ。」私はこのことばに感動した。彼らは出発以来、ずっとテント生活で風呂になんか入っていないから、アカまみれ、泥まみれだが、彼らが美しく、神々しく見えてきた。当初は自分と自分の家族の幸せを祈る五体投地だったろうが、この想像を絶する苛酷な行路の過程で、普遍的な他者への祈りへと昇華していく。それが私たちを感動させる。

 

 

 

 ラサ河のほとりに着いた。もう峠はないぞ。あともう少しでポタラ宮とジョカン寺のラサだ。彼らはこの河辺の草原で、はだしになって踊りだす。踊る娘たちが美しい。この一行には4人の女が参加している。ツェリン24才、ツェワン19才、そしてタツォ(78歳)とその母。この4人は学校に通ったことがない。村に学校はない。村での生活は自給自足で、現金収入が少ないので、遠方の学校の寄宿舎費用を払えない。ツェワンは16才の時に隣のニマ家の三兄弟に嫁いだ。一妻多夫婚である。耕地が少なく弟たちは分家できないのだ。

 

 タツォは写真のように元気いっぱいで、けなげで、かしこい美少女である。村に帰って16才になれば、ツェワンのように一妻多夫婚が待っているだろう。この旅で世界の多様な価値観と豊かな生活を垣間見たタツォにとって、それは耐え難い人生の選択とならないだろうか。チベット語を勉強している登山家の大竹口さん(コノ映画ノ紹介者)、この娘に学校教育を受けさせることはできないだろうか。そして、文明世界の大学に行かせることはできないだろうか。そんなことを思った。                (2016.9.1

 

 

ラサ河の川辺で踊る(中央奥で踊るのがタツォ)

 

 

五体投地のルール ①合掌する ②両手・両膝・額を大地に投げ出しうつ伏せる

 

③立ち上がり、動作をくりかえして進む ④ズルをしないこと ⑤他者のために祈ること