第25話

 

ヨーロッパの孫に聞かせる日本と世界の歴史

 

 

25話 化学の地球史

 

 

―水・岩石・生命はどうしてできたの―

 

 岡市敏治

 

地球も人体も水で出来ている。水H2Oの不思議を元素の周期表から読み解き、地球と生命誕生の謎に迫る。ファラデー『ロウソクの科学』を読みながら“化学ってこんなにおもしろい!”を体験しよう。

 

1.水の惑星

 

 君の住んでいるウィーンの森の家の近くをドナウ川が流れている。アルプスの氷河が溶けた水は、オーストリアの平原をさざ波をたててとうとうと流れ、ブルガリアの山野を経て黒海に至る。海の水は地表の70%を占めている。宇宙から見れば、地球は水におおわれた青く輝く星だ。

 

 私たちの人体も70%近くが水である。地球も人も水でできている。その水をお鍋にいっぱい入れて冬のお庭に出しておくと、翌朝水は白い氷のかたまりになってお鍋からはみ出している。氷いっぱいのお鍋を火にかけると、沸騰して消えてなくなった。水はまるで忍者のようだね。冬の庭ではカチコチの固体になり、お鍋で暖めると液体に変じ、やがて気体となって姿を消した。水は歌舞伎役者のように変幻自在に姿を変える。水とはいったいなんじゃ?

 

水はこの地球上にも宇宙にもいっぱいあるが、液体としての水が地表に存在する天体は宇宙のどこにも見つかっていない。広大無辺の宇宙には何千億もの星があるが、私たちの地球だけが唯一無二の水惑星なのだ。水はどのようにして地球に登場したのだろう。

 

 地球が誕生したのは46億年前、その最初の数億年間はひっきりなしに微惑星や隕石の衝突があり、地表の温度は岩石の融点を越えドロドロのマグマとなって地表全体をおおっていた。これがマグマオーシャンだ。天から降ってきた微惑星には大量の水成分H2Oが含まれていたが、マグマの海は1000度以上の高熱のため、水はすべて蒸発して大気を形成した。

 

40億年前頃になると、宇宙も落ち着き始め、微惑星の衝突がおさまった。マグマオーシャンは冷えて固まり、地殻ができ、空気中の水蒸気が雨となって地上に降り注いだ。雨は1000年間降り続いて海を形成した。そして、その海から38億年前、生命が誕生するのだ。

 

 2.ファラデー『ロウソクの科学』

 

水は宇宙からやってきた。地球上で水はできないのか?実験で水を作った人がいる。『ロウソクの科学』[1]で有名なファラデー(17911867)である。

 

1860年のクリスマス、ファラデーはロンドンにあるイギリス王立研究所で、たくさんの少年少女や大人たちを前に講演をした。それは「ロウソクが燃えてなにができるか」という実験をともなう講演だった。(図1

 

 


[1] 『ロウソクの科学』:The Chemical History of a Candle(岩波文庫720円)。著者Faradayはイギリスの化学者、物理学者で、もし彼の時代にノーベル賞があれば7回受賞できるぐらいの実績を残した19世紀最大の科学者。ウェストミンスター寺院のニュートンの墓のそばに記念銘版が設置されている。

 

ファラデーが氷を入れた容器をロウソクの炎の上にかざすと、容器の底に液体のしずくができた。この液体を集めた容器を前に、「この液体がまさしく水であることを証明しましょう」とファラデーは金属カリウムKの小片を液体の中に入れる。するとKは光り輝き、液体に浮いて走り回り、紫の炎をあげて燃えた。燃えたのは水素H2で、この液体が水H2Oであることを証明した。

 

2K + 2H2O 2KOH + H2 (燃える)

 

 

Kは酸素O2と極めてくっつきやすい。そのためH2OからOを奪い取って、H2を発生させた。)

 

ファラデーは、次に水H2Oの電気分解の実験にとりかかる。(図2

 

2H2O 2H2 + O2

 

水素H2を容器に捕集して、これに注意深く点火すると、かなりの強さの爆発をおこして、水H2Oができた。(実験要注意!)

 2H2 + O2 2H2O

 

 

 

 

水素H2は、燃焼によって水H2Oを唯一の生成物とする自然界に存在するたった一つの物質だ。だから水素(水の(もと))というんだよ。つまり、H2OH2O2があれば簡単につくれる。ロウソクが燃えてH2Oができるのも、ロウソクの成分にHが含まれているからだ。

 

CH3(CH2)16COOH + 26O2(燃える)  18H2O + 18CO2

 

H2O2H2OCO2を分子[1]といい、これを構成するHOCを元素(原子[2])という。元素は地球では絶対に作れない。HOCはどこで作られたのか。地球には118の元素があるが、天然に存在するのは92。人間を含め地球にあるすべての物質はこの92の元素からできている。元素はいったいどこからやってきたのだろう。

 

3.元素は星で作られた

 

 「元素はすべて宇宙の星で作られた」といったら、きみは信じてくれるだろうか。元素は太陽のような恒星で作られている。元素が生まれるには核融合が起きるほどの超高温と超高密度が必要だ。まず身近な星である太陽を見てみよう。太陽は46億年前に誕生した大部分が水素Hでできた星である。その中心部は1500万度(鉄は1500度で溶ける。その1万倍の高温だよ。)、2500億気圧ある。Hが核融合反応をおこしてHeになる時、質量が少し減って莫大な熱エネルギーを発生させる。アインシュタインの有名な方程式がある。

 

EMC2だ。つまり、わずかの質量Mの消失でも、光速C30km/秒)の二乗をかけるので、膨大なエネルギーEが発生するのだ。

 

 星はその重さによってどこまで反応が起こせるか決まっている。重い星ほど、中心部の温度が高くなるため、より重い元素の反応を起こせる。(第5話『宇宙138億年の物語』参照) 星はその一生をかけて、COKCaCrMn、そして鉄Feまでの元素をつくり続ける。しかし、星の内部でつくれる元素はFeまでである。(図3参照)

 

 鉄Feより重い銀Agや金Au、鉛Pb、ウランUなどの重元素はどこで作られるのだろう。太陽より8倍以上重たい星のたどる運命は激烈だ。引力の持つ内部圧力があまりに強すぎるために星の中心部は超超高温、超超高密度となり、内部でHが急速に燃え尽き、太陽のような小さな星[3]よりずっと早くその一生を終える。

 

 Hがすべて燃え尽きると、星は重力崩壊し、急激に圧縮されて温度が何億度にも急騰する。今度はAgAuPb、さらに原子番号[4]92番のウランUまでの重い元素が一気に爆発的な核融合で生成される。巨大な元素融合工場となったこの星は、次の瞬間、超新星爆発と呼ばれる大爆発によって吹き飛んでしまうのだ。超新星爆発の間、その星は太陽よりも数10億倍も明るくなるというのだから、それはとんでもない劇的大爆発だ。星でできた92の元素はこのとき全て宇宙に吹き飛ばされる。わが銀河系宇宙で46億年前、太陽の8倍以上の巨大な星が超新星爆発を起こした。それはそれは世にも恐ろしい光景だったろう。宇宙空間に吹き飛ばされたガスや星のカケラ(92の元素)を集めてそのとき誕生したのが、地球を含む8つの惑星をもったわが太陽系だった。

 



[1] 分子:空気中には窒素、酸素、炭酸ガスなどの気体が存在する。これらはいくつかの原子が結びついた分子でN2O2CO2と記す。分子は物質としての性質を備えた最小の粒子である。

[2] 原子:ギリシャ語でアトム。これ以上に分割できない基本粒子の意。物質を構成する基本的な成分を元素といい、原子とほぼ同じ意味で使う。例:HHeOCNFeなど。

[3] 太陽の大きさ:小さいといったって直径は地球の109倍。質量は地球の332900個分ある。

[4] 原子番号:原子核に含まれる陽子の数のことで、数の分だけ質量が増える。元素の周期表(図3)に書いてある番号。1H2He8O26Feとつづく。

 

 

 

4.周期表は世界を支配する

 

 ファラデーが「ロウソク」の化学実験をしていた1860年代、ロシアのサンクト・ペテルブルグ大学教授メンデレーエフ(18341907)は元素の周期表を作り上げた。(図3

 

周期表とは元素の表のことで、元素とは原子の種類である。自然界のあらゆるものは、この原子でできている。はるか宇宙で輝く太陽も、そのまわりを回る惑星も原子でできている。また、私たちヒトをはじめ、あらゆる生物の身体(からだ)「細胞」でできているが、この細胞も原子でできている。地球にあるものもそうでないものも、生物も無生物も、みな「原子」という共通の材料でつくられている。元素のならんだ周期表を理解することは、自然界を理解することにつながる。周期表はこの世界を支配しているのだ。

 

 

ところで、原子はどういう構造になっているのだろう。原子の中心には原子核がある。(図4) +の電気を帯びた陽子と、電気を帯びていない中性子からできている。+(プラス)の電気を帯びた原子核のまわりを-(マイナス)の電気を帯びた電子が取り巻くように運動している。陽子の数と電子の数は等しく、原子は電気的に中性である。

 

5を見てほしい。原子は陽子の数(原子番号)だけ電子があって、原子全体は中性、これが各原子の基本的な構造だ。このとき、原子の一番外側の殻(最外殻)にある電子が、OHと反応をおこす張本人で、最外殻の電子の数が化学的な性質を決める役割をになっている。化学反応は結局のところ、最外殻の電子をどうやり取りするかなのだ。

 

 周期表右端の18族に注目だ。最外電子殻に2個の電子が入っているHe原子や、8個の電子が入っているNeArなどの原子は、それらの電子配置で安定(各2個、8個が定員なんだ)していて、原子同士が結合したり、化合物をつくることがほとんどない。これら18族の原子は他の原子と反応をおこさない孤高の気体なので、“貴ガス”noble gasと呼ばれる。(空気中にわずかに含まれていて、希ガスrare gasとも呼ばれる。)

 

 

 

5.硅素や金属元素がO2と化学結合して岩石ができた

 

 すべての原子は貴ガスのように安定した状態になりたい。つまり、HHe(最外殻2)に、2周期のCONe(最外殻8)、3周期のNaClAr(最外殻8)のような電子配置になろうとする。

 

 

 

地球が誕生して6億年くらいたった頃、マグマオーシャンは冷え、地殻が形成された。陸地は火山島ぐらいで、ほぼ海におおわれていた。HOCの気体原子はどうなっていたか。H原子はH同士がくっついて水素分子H2になった。(図6上)。酸素原子Oは最外殻に2つ空きがあるので、O原子が2個くっついて酸素分子O2になった。OH原子2個くっついたのが水分子H2Oである。(図6下) 炭素原子Cは4つの空きがあるので、O原子2つが結合して二酸化炭素CO2となる。つまり原子同士が電子を共有して、貴ガスのような電子配置になった。これを共有結合という。

 

H2は軽い(全元素中で最も軽い)ので宇宙に消えたが、O2は海に溶けたと考えられる。CO2H2Oは、火山の噴火によるものもあり、それらを合わせて地球の大気を形成した。この両分子は温室効果(Greenhouse Effect)ガスで、とりわけCO2が多くなると地球温暖化Global Warmingがすすみ、少なすぎると地球は凍りついて全球凍結Snowball Earthとなった。(地球の全球凍結は22億年前、7億年前、6億年前と3回あった。)

 

 海に溶けた酸素O2はどうなったか。数ある元素の中でも酸素の働きは甚大だ。Oは最外殻に2つの電子の空きがあるので、地球上で電子を受容する主たる存在である。酸素Oはさらに2つの電子を求めて魔法の数である8になろうとする。この性質のために、Oは自然界でも屈指の反応しやすく腐食性の高い気体となった。

 

 酸素Oが電子受容体という重要な科学的役割を果たすためには、電子を与えたり共有したりする原子が必要だ。それが硅素Si、アルミニウムAl、マグネシウムMg、カルシウムCa、鉄Fe5元素で、海中や地殻にいっぱいあった。(図10参照)

 

海中にはNaイオン[1]Clイオンも溶けていた。そのNaの電子が1個Clに取り込まれて塩NaClができる。そして海は塩辛くなった。これは正と負のイオン間の電気的引力による結合で、イオン結合という。(図7) イオン結合からなる化合物は金属元素(NaFe等)と非金属元素(ClO等)による結合である。上記金属系5元素も海中ではSi4Al3Mg2Ca2Fe2とイオン化しており、非金属元素O2に電子各2個ずつ与えて、イオン結合化合物となる。

 

 地殻の岩石を形成しているのは、主にO25元素が結合したSiO2Al2O3MgOCaOFe2O3の各酸化物である。硅酸SiO2は岩石の主体だ。酸素Oを含むこれら6元素で地殻の質量の98%を占めている。地球上のO99.9%は酸化物として岩石や鉱物の中に閉じ込められており、私たちが呼吸に使っている大気中の酸素O2は、全体の0.00001%にすぎない。これら岩石中の元素は何百万年もかけて海中に溶けていった。

 



[1] イオン:原子は原子核中の陽子と同じ数の電子をもつため、電気的に中性である。しかし、化学変化の過程で、原子が電子を放出したり電子を受けとったりすると、原子核の正電荷に対して電子が不足、あるいは過剰になり、正または負の電荷をもつ粒子に変化する。このように電荷をもつ粒子をイオンといい、正の電荷をもつイオンを陽イオン、負の電荷をもつイオンを陰イオンという。イオン化した金属は水に溶ける。「イオン」はファラデーによって1833年に命名された。

 

 

6.四本の手で多彩な化合物をつくる炭素

 

 生命の存在しない惑星だった地球で、生命はどのようにして誕生したのだろう。万人の意見が一致しているのは、主役を演じたのが元素の中でもとくに万能である炭素Cに違いないということだ。Cほどぜいたくにつくられ、多彩な機能をもつ元素は他にない。

 C原子は同じC原子をはじめ、他の各種の原子(HO、窒素N、硫黄S)と一度に最高4つ結合するという類いまれな性質をもつ。“四本の手”を使って、さまざまな化合物をつくることができるので、その数は13600万種にのぼる。ほとんどが共有結合で、有機化学といわれる分野だ。

 

 CO2と結びついてCO2をつくる。CO2は光合成で植物がエネルギーを作るときに利用される。また、CNと結びついてアミノ酸(図8)をつくる。アミノ酸は私たちの体のタンパク質の材料になる。つまり、Cは生命にとって欠かすことのできない多くの物質の成分となっている。

 

私たちヒトと動物、植物を含めすべての生命体は「細胞」でできている(ヒトは60兆個の細胞からなる)。細胞はリン脂質、DNA、タンパク質などの材料が組み合わさった精細な立体構造だが、これら複雑な生命部品はすべて炭素Cを中心にHONPなどわずか数種類の元素をもとにして組み上がっている。

 

 しかし、炭素Cだけではいかんともなしがたい。岩石の化学エネルギーを溶かし込んだ海、地球の内部熱、そして金属やアミノ酸など多くの物質を溶かすH2Oの特別な性質…。地球を変えられる力すべてが、生命発生のときに力を発揮したのだ。

 

 

 

7.水はミッキーマウス

 

  水H2Oはどうして色々な物質を溶かすことができるのだろう。H2Oは先に説明したように、O2つのHが「共有結合」したものだ。V字型をしていて、まるでミッキーマウスの顔だね。

 2個のH原子から電子を借りているO原子は-(マイナス)の電荷を帯びH原子はわずかに+(プラス)の電荷を帯びる。つまり、ミッキーの耳がで、顔がだ。これが極性分子と呼ばれるものだ。極性を持つ水がとても強い溶解力を持つのは、+と-の電荷を帯びた端が他の分子を強力に引き寄せるから。

 

 

NaClが水に溶けるのは、NaイオンがH2OOに、ClイオンがHに引き寄せられ、H2O分子に囲まれて、塩の結晶から連れ去られるので溶けてしまう。(図7参照) そのため、食塩、砂糖をはじめ数多くの物質が水に入れるとすぐに溶ける。岩石が溶けるには、もっと長い時間がかかるが、何百万年という時間がたったころには、海にはほぼすべての化学元素(ミネラル)が豊富に含まれていた。

 

10を見てほしい。人体と海水の組成は類似している。最初の生命が海で誕生したので、私たちはいまだ体内に「海」を持っている。人体は小さな地球だ。

私たち人間はリンPがなければ細胞分裂できないし、CaKがなければ骨や歯をつくれず、骨粗しょう症になる。鉄Feがなければ、血液(ヘモグロビン)はO2を体中に送れず貧血になる。

 

PCaKFeは、もともと岩石に含まれていたものだ。大陸のあちこちに存在する鍾乳洞を見れば明らかなように、生命から生まれた岩石があるだけでなく、生命そのものが岩石から生まれたのかもしれない。

 

多くの物質を溶かすという類いまれな力を持つ水は、生命体の起源と進化を支える理想的な媒体なのだ。

 

水の分子は先に述べた極性のため、+の電荷を持つ側(ミッキーの耳)が-の電荷を持つ側(ミッキーの顔)を強く引き寄せ、互いを固く結びつける。その結果、氷は著しく強い分子個体となる(図11)。水よりすき間の多い構造となるので、氷の方が水より軽く、体積が大きくなって水に浮く。水のこの珍しい性質がなければ、水は下から上へと凍っていくので水中生物は窒息死してしまっただろう。水は私たちの生活のあらゆる面で、その驚異的な力を発揮する。水は鉱物資源の濃縮器であり、地表に変化を起こす主たる要因であり、すべての生物を生かすものなのだ。

 

 

8.生命は海で誕生した

 

 生命は地球上でどのようにして生まれたのだろう。生物は細胞が持っているDNAの「情報」に基づいて活動しているが、生命活動の基本を(にな)っているのは、さまざまなタンパク質だ。タンパク質はアミノ酸(8参照)から作られる。

 

 それではタンパク質の原料物質であるアミノ酸はどうして作られたか。原始地球にはたくさんの隕石が宇宙から降り注いでいたが、隕石にはアミノ酸が含まれていた。そのアミノ酸が海中(H2O)に溶け込み、海底の熱水噴出孔でペプチド結合反応を促進され、タンパク質や核酸(DNARNA)が合成されたと考えられるのである。海中で生成したタンパク質と核酸は脂質でできた袋の中に閉じ込められ、外界と遮断されて原始的な細胞が生成する。その細胞が「代謝」と「自己複製」をくり返し、生命が誕生したのである。(この一連の変化を「化学進化」と呼ぶ。)それは地球ができて8億年後、今から38億年前のことだった。最初はバクテリアのような単細胞生物だったが、10億年くらい前に多細胞生物が誕生、高等生物化への道が開かれた。

 

  今から27億年前、地下のプレート運動によって火山活動が活発化、溶岩の大噴出がつづき、赤道付近にケノーランドという大陸ができた。地球上最古の超大陸誕生である。その熱帯の浅瀬で、ある方法で栄養をつくり出すバクテリアがいた。その方法というのが「光合成」photosynthesisである。光合成とは、二酸化炭素CO2と水H2Oを材料に太陽光を使って自力で栄養分(ブドウ糖C6H12O6)をつくり出し、その結果として酸素O2を排出する仕組みである。光合成をおこなうバクテリアを「シアノバクテリア」という。

 

 6CO2 + 6H2O + 光エネルギー    C6H12O6 + 6O2

 

 CO2H2Oは無尽蔵にあるので、太陽光さえ降り注いでくれれば、ほぼ無限にエネルギーを得られる。これは生物にとって、まさに画期的な大発明だった。シアノバクテリアこそは地球生物最大のスーパースターだ。

 

 このシアノバクテリアは、のちに細胞内にもぐりこんで、これと共生し、葉緑体とよばれる器官になる。そして光合成をおこない、O2を発生させる植物細胞となった。排出したO2の大部分は、海中の鉄イオン(Fe2)の酸化に使われ、Fe2O3として海底に沈殿、鉄鉱床となった。

 

 生命は地球が誕生して40億年以上もの間、ずっと1mmにも満たない微生物のままだったが、54千万年前、降ってわいたように、大型動物が出現した。多くの種類の動物が、O2が豊富になった海中で爆発的に登場し、現在の動物の祖先はほぼこのとき出そろう。この現象をカンブリア爆発という。最も繁栄した動物は三葉虫である(図12)。

 

 

 

9.植物と動物の上陸

 

 そのころ、地上には溶岩台地が果てしなく広がっていた。地上はO2がうすく、まだ生物がいなかった。文字通り虫一匹いない月か火星のような荒涼とした風景が地球上に広がっていたであろう。その溶岩にふりそそぐ太陽と水の風化作用で岩に割れ目ができる。そこへ雨水がしみ込み、冬期に氷となる。氷は図11のように水よりすき間の多い分子構造となって体積が増え、巨大な破壊力で岩を砕く。さらに雨水中のCO2などの化学的風化作用によって、岩は細かく砕かれ砂地となった。

 

とりわけ魔法のように物質を変える力を持つ酸素原子Oは、絶えず2個の電子を求めてあらゆる種類の鉱物と激しく反応し、その過程で岩石を風化させCaK、リンPなどを含む栄養豊富な土をつくっていった。

 

地球が生まれてから40億年以上もの間、陸上は無生物の世界だった。動物、植物の進化の舞台は海中に限定されていた。しかし、今から47千万年前、岩石と砂と土だけの荒れ地にまずは植物の上陸が始まった。最初に上陸を果たしたのは、コケ類(ゼニゴケの一種)である。デボン期(42000万年前~36000万年前)になると、複雑な枝をもったシダ植物が群生するようになる。デボン期の後期にはこのような木々による森が世界的規模で形成され、地球に初めて森林が出現した。

 

森林ができると、陸上の環境は大きく変わっていく。木々の根元には枯れた葉や枝が落ちて積り、大量の有機物となる。4億年前には、節足動物の昆虫が植物に続いて陸上への進出を始め、全長2mのムカデが地上をはい、羽を広げると70センチにもなる巨大トンボが森の中を飛び交っていた。昆虫の死骸が分解時に出す酸は、岩石の風化を促進し、栄養豊富な土壌となっていった。その森林の昆虫などを求めて、空気呼吸できる器官を獲得した脊椎(せきつい)動物の魚類が両生類へと進化して、上陸を試みる。進化する地球には、まもなく新しい生物があふれた。水中を泳ぐ、穴を掘る、地面をはう、空を飛ぶ…。それまで見たこともない習性をもった動物が地球の隅々にまで広がっていった。

 

 

10. 3億年前の石炭紀の森と産業革命

 

 

石炭紀(36000年前~3億年前)には、それまでの地上では見られなかったほどの広大な森林が誕生した。木々は高さ40mに達し、地球上に生命が誕生して以来、最大規模の巨大化を成し遂げた。

 

かつては黒いダイヤと呼ばれ、産業革命の原動力となった石炭は、当時の木々が湿地に埋没し、化石となったものだ。その埋蔵量は地球全体で28千億トン。それこそが想像もできないような大森林が3億年前の地球上に存在した(あかし)である。

 

大森林は光合成によって盛んにO2を大気へ放出した。地球の長い歴史上で初めて、人間が深く呼吸しても死んだり苦しんだりしない環境ができあがった。植物はCO2H2Oを取り込み、日光によって促進される光合成によって、根、茎、葉、果実と酸素を生み出す。

 

6CO2 + 6H2O C6H12O6 + 6O2

 

 

 一方、これらの栄養豊富な植物組織(C6H12O6 炭水化物)は動物に食べられて、呼吸代謝によって壊される。呼吸するたびに吐き出される廃棄物は、新たに組み合わされたCO2H2Oである。                  C6H12O6 + 6O2    6CO2+ 6H2O

 

 私たち動物は、つまるところ植物に寄生しており、植物の炭水化物をもらって自分たちの活動のために役立てている。私たちは植物を食べて、その炭水化物をO2と化合させ、血液の中に溶かし込む。私たちは空気を呼吸するので、炭水化物はO2と化合する。私たちはそれによって活動のためのエネルギーを得ている。

 

 人類は700万年前、アフリカで誕生した。森や草原を移動しながら、ずっと狩猟・採集生活を送っていたが、1万年前農業革命が始まった。人類は定住を始め、文明が誕生した。

 

 今から250年前、産業革命が起こる。それは人力から石炭火力による蒸気エネルギーへの転換を意味した。以来、人類は石炭紀の森が6000万年かけて地下に閉じ込めた石炭を毎年70億トンも掘り起こして燃やしている。地球が3億年間も地下に固定していた炭素Cをわずか数百年で大気に放出しようとしている。化石燃料の燃焼によって発生するCO2は、大気にとどまり温室効果Greenhouse Effectがある。そのためになにが起こったか。急激な地球温暖化Global Warmingだ。この100年間で地球の平均気温は1℃上昇した。地球の歴史は長い変化の物語である。しかし過去にこれほどの危険なスピードで変化が起こったことはかつてなかった。

 

 「このままでは気温は100年後に4℃上昇し、多くの生物は適応できず、地球の生態系は危機に瀕する」と国連のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)は警告する。これを引き起こしたのは、まぎれもなく地球上の一生物種にすぎないホモサピエンスだ。

 

 北極の海氷が溶け、氷山は激減している。ヒマラヤの氷河も驚くべき速度で後退し、氷河湖の決壊が迫る。ポリネシアのサンゴ礁の島々は、海面上昇により水没の危機にある。オーストラリアとアメリカ西海岸では、異常乾燥と高温がつづき森林火災が頻発、広大な森林が消失している…。これらはいずれもここ数十年のできごとである。

 

 産業革命以降、地球が温暖化していること、それが人間の活動によって引き起こされていること、その主因が化石燃料、特に石炭の使用にあることは、科学的事実で物理法則と同じくらい疑う余地はない(IPCC報告)。

 

 CO2は森林に吸収されない限りいつまでも大気中に残るというのに、地球上では今も森林伐採がつづき、熱帯雨林は消えている。CO2の排出増は止まらず、CO2の吸収源は減りつづけているのだ。

 

はるかな昔、岩石と水と空気が生物をつくった。そして生物は呼吸しても安全な大気をつくり、緑で自由に歩き回れる大地をつくった。その大地と大気に黄信号がともった。

 

スウェーデン生まれの環境活動家グレタ・トゥーンベリ(2003~)は、世界のビジネスと政治の指導者を叱咤(しった)した。

 

 「あなたたちは、私たちの未来を盗んでいる。地球温暖化の状況はとても悲惨である。」

 

 「私は安心したい。私たちが人類史上最大の危機にあることを知っているのに、どうして安心できますか。」

 

 

11.ファラデー先生とグレタ・トゥーンベリ

 

 人類にとって地球温暖化は21世紀最大のチャレンジだ。人類は次の100年を託せるエネルギーをもっているのだろうか。人類には水素H2があるではないか。H2は宇宙にも地球にもいっぱいあって、決して枯渇(こかつ)することがない。(宇宙の全質量の73%がHだ。)燃焼してもCO2を排出しない。          

 

               2H2+O22H2O

 

数あるエネルギーを(しの)ぐ大きなパワーを生み出すことができるの究極のクリーンエネルギーH2は、すでにロケットを宇宙へ送り、電気を作り出し、車を走らせている。

 

水素でもっと社会を動かせ。世界を動かせ。「水素社会」Hydrogen Societyを実現するのだ。そして緑の復興だ。世の中に必要なものは、必ず世の中の当たりまえになってゆく。

 

さて、冒頭のクリスマスの夜のファラデーの講演にもどる。ファラデーの話はつづく。

 

 「私たちの呼吸によって起こっていることは、ロウソクの燃焼と同じことです。肺の中に空気が入り込むと、ロウソクの燃焼と同じように、炭素Cと酸素O2は化合します。呼吸と燃焼の類似は、見事で驚くべきものです。」(図1参照)

 

 「一方で、地球上で育つすべての植物は、二酸化炭素CO2を呼吸しています。この葉っぱも、私たちがCO2の形にして吐き出したCを空気から取り入れて成長しています。

 

6CO2 + 6H2O C6H12O6 + 6O2

 

 

植物は空気からCO2を除いてくれる大切なパートナーです。すべての生き物は、それぞれの作り出すものが他の生き物の役に立つという法則[1]のもとにつながっているのです。」

 

 そして、いよいよファラデーの講演は終わりに向かう。

 

「すべての生きとし生けるものと自分につながりあること。ロウソクの燃焼と自分自身の呼吸に関係があること、そして私たち自身がロウソクであることが、実験によって明らかにされました。」

 

「この講演の最後に、私のみなさんへの願いをお話しします。どうか、みなさん、みなさんの時代が来たときに、1本のロウソクに例えられるのにふさわしい人となってください。すべてのあなたの行いを、あなたと共に生きる人々への義務を果たすもの、高潔で役に立つものとし、小さなロウソクであるご自身の美しさを証明していただけたらと思います。ロウソクのように光り輝き、周りを照らしてくださることを願っています。」

 

 2018年、当時15才だったグレタ・トゥーンベリは「未来がなくなるのなら、なぜ勉強しないといけないの」と、たった一人で気候変動Climate Changeのための「学校ストライキ」を始めた。(図13) 1本のロウソクに火がともった。その2か月後、世界の270の都市で、2万人以上の学生たちが、「グレタに続け!」と気候のための「学校ストライキ」に立ち上がった。それは1年後には、200万人以上の学生が参加するProtestになった。



[1] ところが今地球上でこの“ファラデーの法則”が崩れかけている。CO2の発生量は増えるのに、吸収源の森林は減りつづけ、余剰のCO2が地球に温室効果をもたらしている。

 

 

 グレタがともした1本のロウソクの火は燎原(りょうげん)の火のようにひろがって、お父さん世代の政治家たちをたじろがせている。グレタは選択的無言症とアスペルガー症候群の障害をもっている。グレタ17才・彼女はそれを認めた上で、前者は「必要なときだけ話す」ことであり、後者は「スーパーパワー」だと説明した。

 

 グレタは障害をもパワーにして、地球温暖化のために戦っている。彼女の行動は科学的事実に基づいている。ファラデー先生が生きていたら、なんというだろう。

 

 次回は『日本語はすごい!-古代日本の話をしよう-』だよ。 

                       (つづく)2020.11.1