ヨーロッパの孫に聞かせる

日本と世界の歴史

21話 生命はどうして誕生したの

——地球46億年の物語 後編——

岡市敏治

 

君はいったいどこから生まれてきたの?

「あのね、こないだママとお風呂に入ったとき聞いたの。妹はママの割れ目ちゃんから生まれたんだって。ところが、私は生まれるときおへその緒が首にからまっていて、それでママのおなかから直接出てきたんだよ。Kaiserschnitt“ていおうせっかい”っていうんだって。その傷跡をママさわらせてくれたよ。」

 

君は****年1015日にウィーンで生まれたね。その日ウィーンは雪の降る寒い日だったが、君は「OGYAA オギャア」と元気よくママのおなかから飛び出してきた。しかし君がこの世に生を受けたのは、実はその280日前の16日なんだ。この日ママのおなか(子宮)の卵子にパパの精子が突入して、とても小さな1つの細胞(受精卵)が誕生した。0.1㎜くらいだ。虫メガネでないと見えないくらい小さなその細胞こそ、この地球に初めて出現した君なんだ。とても暖かくて快適なママの子宮の中で、君の旅立ちが始まる。君の生命の誕生だ。この小さな小さな1つの細胞に君の未来のすべてがつまっていたのだよ。

 

 

1.生命とは「自己複製」する細胞

 

 生命とは一体何なんだろう。生命とは「代謝する」「自己複製する」という2つの機能をもった生物のことだ。それで初めて生物になる。この2つの条件をクリヤーできなければ、それは単なる物質だ。代謝とは、何かを食べてエネルギーにしたり、逆にエネルギーを使ってタンパク質などを作ること。自己複製とは分裂や生殖によって自分の遺伝子を増やすことだ。

 代謝の役割をするのがタンパク質、自己複製を担当するのがDNA(デオキシリボ核酸)だ。そしてDNAとたんぱく質の仲介役がRNA(リボ核酸)である。DNA4つの塩基が連なった2重らせん構造で、塩基の組み合わせが情報となり、髪の色や目鼻の形、体質などを決定させている。まさに「生命の設計図」だ。人間の体は約60兆個の細胞でできているが、そのすべての細胞核の中に存在するから、私たちは60兆個のDNAを持っている。タンパク質は、DNAが入っている細胞そのものをつくっている。人体の構成成分として水分に次いで多く、古い細胞を新しくしたり、体を動かすエネルギー源となったり、あらゆる生命活動の要となっている。DNAの遺伝情報を読み取って、タンパク質を作るためにアミノ酸を集めるのがRNAだ。

地球上の生物は、すべてこのタンパク質とDNARNAのシステムによって生命活動を行っている。そのため、私たち人類も含めたすべての生物は、共通の祖先から発生して多様化したと考えられている。

DNARNAという2種類の核酸とタンパク質は、細胞という脂質の袋の中に入っていて、外界と区別されている。この袋に入った細胞が分裂して自己複製をくり返すことにより生命体ができあがる。人間の赤ちゃんはお母さんのおなかの中(子宮)の受精卵(細胞)1個から誕生をスタートするとは先ほど言ったとおりだ。子宮の中で約280日間、細胞分裂をくりかえし、くりかえして出生、ついには、60兆個(60,000,000,000,000個)もの多細胞生物となったのが僕たち人間なんだよ。

命の源となる生体高分子としてのタンパク質はどのようにしてできたのだろう。タンパク質と核酸の素となるのはアミノ酸RCHNHCOOHである。このアミノ酸が数十から数千に結合(ペプチド結合)してできたものがタンパク質だ。

 

 

2.生命は原始の海で誕生した

 

 それではタンパク質の原料物質であるアミノ酸はどうして作られたか。原始地球にはたくさんの隕石が宇宙から降り注いでいたが、隕石にはアミノ酸が含まれていた。そのアミノ酸が海中(H2O)に溶け込み、海底の熱水噴出孔でペプチド結合反応を促進され、タンパク質や核酸が合成されたと考えられるのである。海中で生成したタンパク質と核酸は脂質でできた袋の中に閉じ込められ、外界と遮断されて原始的な細胞が生成する。その細胞が「代謝」と「自己複製」を繰り返し、生命が誕生したのである。最初の生命は細胞1つだけのバクテリアのような単細胞生物であった。それは地球ができて8億年後、今から38億年前のことである。

 38億年前、地球には海が存在した。太陽系には水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星と8つの惑星があるが、液体としての水が存在するのは地球だけである。地球は唯一の「水の惑星」なのだ。そしてこの水こそが生命発生の母胎となったのである。どうして地球だけに液体としての海が形成できたのだろう。これには太陽との距離が深く関わっている。地球は、太陽から約15000万キロの位置にあり、これが液体で水が存在できる温度を保つ絶妙の距離なのだ。地球があと少し太陽に近ければ、水はすべて蒸発し、逆に遠ければ凍りついてしまっていただろう。

 

3.プレートテクトニクス

 

 地球が誕生したのは46億年前、その最初の数億年間はひっきりなしに微惑星の衝突があり、地表の温度は岩石の融点を超え、ドロドロのマグマとなって地表全体を覆った。これがマグマオーシャン(マグマの海)だ。その深さは数百~千キロ以上あった。

マグマオーシャンの中で、鉄やニッケルなどの重い成分は地球の中心に沈んで核となり、軽い岩石の成分は地表の方へ浮かんできた。こうして現在の地殻、マントル、核の3層構造ができあがったのだ。

 40億年前頃になると、宇宙も落ちつき始めて、微惑星の衝突がおさまった。マグマオーシャンは冷えて固まり、地殻ができ、空気中の水蒸気が雨となって地上に降り注いだ。雨は1000年間降りつづいて海を形成した。そしてその海から38億年前、生命が誕生するのだ。(これから後は第17話のおさらいだよ。)

 ところで、地球の内部構造は、地表から中心までの距離が6300㎞。一番外側の地殻の厚さは数十㎞である。ゆで卵で言えば、黄身が核、白身がマントルであり、薄っぺらい殻が地殻に相当する。地球の内部は、その核心部において6000℃もの高温だ。一方、地表は気温や水温と同じ温度にまで冷やされている。このためマントルは「対流」し、これによって地球内部の熱は外部に逃がされている。

 現在のマントルはほぼ固体の岩石で、地震のように急激に加わる力に対しては、固体としてふるまう。しかしマントルは高温高圧にさらされている。非常に長い時間のスケールで見ると、柔らかい液体としてふるまい、対流しているのだ。その速度は非常にゆっくりとしたもので、年間1~10cm程度。しかし、年間1cmとしても1億年では1000㎞移動する。このマントル対流の発見によって大陸移動の謎が解かれたのだ。

 

 

地球表面の地殻は、一枚岩ではなく、10数枚のかたい岩盤の板が地球を覆っている。この板を「プレート」という。マントルはこのプレートをのせて地球規模で対流する。これがプレートテクトニクスだ。この理論によって、地震と火山のメカニズムが、さらに大陸移動の謎も解明された。

 このように、地球誕生時の微惑星の衝突による運動エネルギーが熱エネルギーに変換されて、地球内部にたくわえられた。それらの熱は地球核心部において6000℃あるが、大気の温室効果によって宇宙に拡散することなく、地球内に閉じ込められた。そして、今に至るまでマントルを対流させる原動力となって大陸を移動させ、ヒマラヤをも形成していったのだ。

 

4.光合成とミトコンドリア

 

 今から27億年前、プレートの運動によって火山活動が活発化、溶岩の大噴出がつづき、赤道付近にケノーランドという大陸ができた。地球上最古の大陸の誕生である。その熱帯の浅瀬で、ある方法で栄養をつくり出すバクテリアがいた。その方法というのが「光合成」である。光合成とは、二酸化炭素(CO2)と水(H2O)を材料に太陽光を使って自力で栄養分(ブドウ糖)をつくり出し、その結果として酸素(O2)を排出するしくみである。光合成をおこなうバクテリアを「シアノバクテリア」という。

                      光合成

        6CO+6H2O+光エネルギー   C6H12O6+6O2

        二酸化炭素 水             ブドウ糖  酸素

 

CO2H2Oは無尽蔵にあるから、太陽光さえ降り注いでくれれば、ほぼ無限に栄養分を得られる。これは生物にとって、まさに画期的な大発明だった。

 

 

ところで、O2は反応性のとても高い物質で、多くの物質と結びついて、その物質を壊してしまう(酸化)。細胞膜や遺伝子もかんたんに傷つけて、生命に害を及ぼす。それまで酸素のない環境で生きていたバクテリアは、遺伝情報を保存するDNAが細胞内にむき出しになっていた。

このような生物を「原核生物」という。しかしDNAはかんたんに酸素と結びついて壊れてしまう。そこで、酸素が増えてくると、DNAを膜(核)で包んで保護する生物が現れた。今から21億年前のことだ。これが「真核生物」だ。真核生物は、酸素から身を守るために生まれた新しいタイプの生物だった。

真核生物のなかから、とんでもない方法で生き残り策をあみ出したものが現れた。酸素呼吸をするバクテリアを自分の体内に取り込んだのだ。そうすれば、自分にとっては毒である酸素を吸収してもらえるので、DNAを守ることができる。しかも、その酸素からつくったエネルギーも利用できるので、一石二鳥というわけだ。ついには、このバクテリアを酸素からエネルギーを作る装置ともいえる一つの器官にしてしまった。その器官がミトコンドリアだ。

 ミトコンドリアは、私たち人間はもちろん、酸素呼吸をするすべての動植物の細胞内にたくさん存在している。ミトコンドリアがなければ、私たちはOからエネルギーをつくり出せず、筋肉を動かして活発に動くこともできない。そんな重要な器官であるミトコンドリアは、もともとまったく別の生物(バクテリア)だったのだ。酸素が苦手だった真核生物は、酸素を利用するバクテリアと共生することで、酸素に強い生物になった。そしてこれが動物細胞となっていったのである。

ミトコンドリアを得た真核生物のなかから、さらに光合成をするシアノバクテリアを取り込んだものが現れた。それらは後に植物(藻類)へと進化していく。現在、植物の細胞内では、葉緑体と呼ばれる器官が光合成をおこなってO2を作るが、この葉緑体がシアノバクテリアの子孫だ。つまり、ひとつの細胞の中にO2をつくる葉緑体とO2を消費するミトコンドリアという正反対のはたらきをするバクテリアが共生することになった。これが植物だ。植物は自分で栄養もエネルギーも調達できる。エサを求めて動き回る必要がない。そう考えると、植物細胞はとても高度な細胞といえる。

 

5.多細胞生物の出現

 

 単細胞バクテリア間の食うか食われるかの生存競争を生き抜くための戦略として、形、大きさ、はたらきなどの異なる機能をもった多様な細胞同士が結合して、チームでまとまる大きな細胞が出現した。単細胞生物のように独立して生活する能力を持たないものの、養分の移動や消化、生殖活動といった特定のはたらきを分担して効率よくおこなう一つの生命体=多細胞生物の誕生である。多細胞生物の出現により、私たち人間を含むすべての動物と植物への高等生物化の道が開けた。植物が動物と分岐したのは、この頃である。今から10億年ほど前のことだ。(これからは第5話のおさらいだよ。)

 

6.カンブリア大爆発

 

 生命が誕生して、30億年以上もの間ずっと1ミリメートルにも満たない微生物のままだったが、32億年たったあるとき、降ってわいたように大型動物が出現した。5億4千万年前のことだ。多くの種類の動物が海中で爆発的に登場し、現在の動物の祖先はほぼこの時出そろう。最も繁栄した動物が三葉虫である。これをカンブリア大爆発という。しかしこの頃陸上にはまだ生物がいなかった。一木一草とてなく、動物も何も文字通り虫一匹いない荒涼とした風景が地球上に広がっていたであろう。

 大気中の酸素(O2)濃度が低く、地上での生物の生存を許さなかったのだ。27億年前から浅い海中でシアノバクテリア(ラン藻)が光合成を始めていたが、そのO2の大部分は海底の砂に含まれていた鉄分の酸化(Fe2O3として海底に沈殿、鉄鉱床となった)に使われ、地上のO2はうすいままだった。

地球が生まれてから40億年以上も陸上は無生物の世界だった。動物、植物とも進化の舞台は、海中に限定されていたのである。しかし今から4億7千万年前、まずは植物の上陸が始まった。最初に上陸を果たしたのは苔類(ゼニゴケの一種)である。以降植物は絶えることなく陸上で光合成によって盛んにO2を生産し始めた。地球上にある有機物の大部分と大気中のO2は植物の光合成により生じたものである。大気中にO2が蓄積されることにより、動物が地上に進出できる環境が整ってゆく。

*有機物:炭素(C)を主な成分とする化合物。主として動植物の組織の中に見られる。

例:ブドウ糖C6H12O6

 3億6千万年前、陸上生物の祖先と考えられる大型の魚が初めて地上に進出する。地上には石炭紀の森が広がり、酸素は今と変わらないくらいにまで増えていた。やがて恐竜を含む多彩な爬虫類が地球上で繁栄したジュラ紀がやってくる。2億2千万年前、君の大好きな恐竜(Dinosourier)が現れる。恐竜は1億5千万年も地球上に君臨し、6500万年前、一気に絶滅した。メキシコ、ユカタン半島沖に巨大な隕石(直径10㎞)が落下したのだ。巨大隕石が地球に衝突すると、強烈な爆風や熱波、大津波が発生した。さらには、ほこりや水蒸気が太陽光を遮り、暗く低温の日々が何年も続いた。植物は枯れ、光合成は停止する。こうして大食漢の恐竜は絶滅した。生き延びたのは、小動物の哺乳類や、小食のナメクジたちだった。

 

7.人類の登場

 

 恐竜に代わって地球上の主役となったのが僕たちの祖先につながる哺乳類である。1000万年ほど前、熱帯の森林がその全土を覆い尽くすほど広がっていたアフリカで異変が起こる。アフリカの北部と南部から乾燥化が押し寄せてきたのだ。類人猿が生息場所としてきた熱帯雨林がその分布を減少し始める。森林で生活する類人猿にとっては、生息範囲を狭められ、とても窮屈な生活を送らねばならなくなった。それでもゴリラとチンパンジーは森林にとどまって生活を続けた。

 狭くなった森林から、サバンナへと進出を決意した類人猿のグループがいた。樹上ではライオンなどの猛獣から身を守ることができるが、サバンナの開けた大地では常に危険にさらされる。地上を走るのが得意でない類人猿は道具を使って身を守る工夫をするようになった。サバンナでは森林ほど食べ物が豊富にないので小動物も捕食した。開けた大地を歩き回るようになり、直立の2足歩行が完成した。このサバンナに進出した2足歩行の類人猿こそ、僕たちホモ・サピエンスの祖先だった。

 

8.人と木は同じ祖先から分かれた子孫

 

 今までだんだんと述べてきたように、地球上の生命の真の中核は、細胞の化学反応を制御しているタンパク質と、遺伝的情報を伝える核酸とである。そして、この二つの分子は、すべての動物や植物に共通で、基本的に同じである。森の木も君も、同じ物質でできている。もし、君が自分の家系を、ずっと昔までさかのぼってゆけば、君の祖先と森の木の祖先とは同じであることがわかるだろう。

だが、私たち人間は木とはかなり違う。木は歩けないが、私たちは食料を探しにどこへでも移動できる。しかし、生命の分子の心臓部にあたる深いところでは、木と私たちとは、本質的に同じである。木も私たちも、遺伝の情報を伝えるのに核酸を使っているし、細胞の化学反応を制御するための酵素としてタンパク質を使っている。最も重要なことは、木も私たちも、核酸の情報をタンパク質の情報へと翻訳するとき、全く同じ暗号解読書(生命設計図=DNA)を使っている、ということである。事実、この地球上のすべての生物が、同じ暗号解読書を用いている。

 生命は私たちの惑星の歴史が始まった8億年後に誕生したが、木も人もゾウリムシもそのときのただ一つの共通の祖先から分かれた子孫なのだ。

 

 

 

9.植物は偉大だ

 

 人類の祖先は700万年前まで森の中で生活していた。そのため、私たちはいまでも森に対して親近感を持っている。木は空に向かってまっすぐ伸び、なんと美しいことだろう。その葉は太陽の光を集めて光合成を行う。木々はまわりの木よりも上へ出ようと、いつも競い合っている。気をつけてみると、二本の木が、押し合いへし合いし、ゆうよう迫らぬ優雅さをもってそびえているのを、しばしば見ることができる。それは大きくて美しい機械である。太陽の光をエネルギー源とし、大地から水(H2O)を、大気から二酸化炭素(CO2)を取り入れ、それらを炭水化物(CH2mOm 糖類、でんぷん等)に変える。その炭水化物は、木のためにも役立つし、私たちのためにも役立っている。木は、自分がつくった炭水化物を、自分たちの活動のためのエネルギー源として利用する。

 そして、私たち動物は、つまるところ植物に寄生しており、植物の炭水化物をもらって自分たちの活動のために役立てている。私たちは植物を食べて、その炭水化物をO2と化合させ、血液の中に溶かし込む。私たちは空気を呼吸するので、炭水化物はO2と化合する。私たちはそれによって活動のためのエネルギーを得ている。

 この過程で、私たちはCO2を吐き出す。それを植物が利用して、炭水化物とO2を作る。これは、なんとすばらしい共同作業だろうか。植物と動物は、たがいに相手が吐き出したものを吸っている。動物の口と植物の気孔の間で、気体はたがいによみがえる。それは、地球全体で起こっている。そしてこのすばらしい循環は、1億5000万キロ離れた太陽のエネルギーによって維持されている。(カール・セーガン著『コスモス』より)

 

 

 

10.地球は奇跡の惑星

 

 そもそもこの広大な宇宙には、何千億もの太陽(恒星)とその何倍もの惑星があるが、地球のような「生命の惑星」は果たして存在するのだろうか。そのことを次の5つのテーマから検証してみよう。

液体の水の存在

 水がなければ生命の発生は不可能だった。水(HO)は太陽系のすべての惑星にも彗星にも存在するが、液体としての水が現存するのは地球だけである。それは太陽との距離で決まる。太陽に近すぎれば、水はすべて蒸発し、逆に遠すぎれば凍りついてしまう。液体の水が存在できる領域をハビタブルゾーン(生命存在可能領域)とよぶが、太陽系では地球と火星だけがそのゾーンに位置している。

 さらに大気の存在も大きい。大気は毛布のような役割(温室効果)を果たしており、もし大気の温室効果がなければ、地球の平均気温はー18℃になると予測されている。これでは水は液体として存在できない。ちなみに金星は大気圧が95気圧(地球は1気圧)あり、その温室効果もあって表面温度は460℃、水はたちまち蒸発してしまう。火星は0.006気圧で、きわめて薄い大気であるため温室効果が弱く、表面温度はー56℃。水は氷としてしか存在できないのだ。

岩石型の惑星

 太陽系には木星や土星のような巨大なガス惑星がある。しかし、ガス惑星では降った雨を受け止める大地がなく、雨は大気中で蒸発してしまう。それに対し、地球や水星、金星、火星は岩石型惑星で降った雨は地表に到達し、とどまることができる。地表の温度さえ適切なら、海を形成し、生命を育むことが可能となる。

惑星としてのサイズ

 火星はハビタブルゾーンにあるのに地表に水が存在しない。これは火星のサイズ(半径)が地球の約半分で、重力は地球の14、このため大気中の水蒸気を雨として落下させ地上に海としてとどめるには引力が弱く、水分はすべて宇宙へ飛散してしまった。

 これは地球の衛星である月についてもいえることで、月も地球と同じくハビタブルゾーンに属しており、かつて水は存在した。しかし、月のサイズが地球の30%しかなく、重力は15で、水はとうのむかしに水蒸気となって宇宙のかなたに姿を消した。水が液体として地表に存在することは、かくもむつかしいのだ。

プレート運動

 大気中の二酸化炭素CO2は温室効果作用があり、CO2濃度が一定に保たれることにより、地表の温度は平均15℃に安定し、液体の水が存在できる。CO2濃度をめぐって地球は“天然のエアコン”機能を備えている。

 大気中のCO2は水に溶けやすい。CO2が溶けた水は炭酸H2CO3となり、地殻を溶かしてCaなどの物質を海へと運ぶ(風化作用)。海水に溶けたCO2は海中のCaと結合し、CaCO3となって海底に沈殿する(石灰岩の生成)。これは結果的に大気中からCO2がとりのぞかれたことだ。

 一方、地球はプレートテクトニクスにより、地球規模でプレートの移動とマントルの沈み込みがおこっており、その結果として火山活動が活発で、噴火によりCO2が安定的に大気に供給されている。もしプレートが移動せず、火山活動が止まったら、CO2の供給がとだえる。数十万年のうちに大気からCO2がすべて取り除かれて温室効果がなくなり、地球は冷え込んで全球凍結になるとする予測がある。地表から液体の水はなくなり、生命はピンチになる。

 なお、この地球の“天然エアコン”のはたらきは、数十万年という時間の中での話で、現在のような数百年単位での急激なCO2濃度の上昇を相殺することはできないよ。

恒星の寿命

 実は恒星には寿命がある。恒星の寿命が尽きれば、惑星は恒星の死に巻き込まれて消滅してしまうだろう。惑星が生命を宿すことができるのは、恒星が寿命を迎えるまでの期間に限られる。

 太陽は誕生からすでに46億年が経過した。これだけの時間があれば、生命の誕生や進化には十分であることは、地球の事例で説明してきたとおりだ。太陽はこの先も50億年ほどは安定して輝きつづけるという。恒星の寿命は、その恒星の質量によって決まっている。例えば太陽の8倍以上重い恒星では、寿命は数百万~数千万年だと考えられている。生まれたと思ったらあっという間に「超新星爆発」を起こし、破滅的な死を迎えるのだ。このような恒星のまわりの惑星では、生命が誕生する時間的な余裕はない。

 

11.銀河に“地球”は一つだけか?

 

 太陽からの距離、岩石型の“母体”、惑星のサイズ、恒星の寿命…と、地球は生命にとって好都合な材料がそろっている。現在までのところ、地球ほど生命を育む条件をそろえた惑星は、ほかに発見されていない。私たち人類が生まれ、文明を育み、こうして生命や宇宙について考えるということが、文字通り「奇跡」的なことなのである。ではこうした奇跡は他にあり得るのだろうか?いつか人類は、地球外の知的生命体と遭遇することができるのだろうか?

 138億光年の広大無辺の宇宙には、1000億以上の銀河系があると推定されているが、私たちの属する天の川銀河だけで、約2000億個の恒星がある。それだけの数があれば、その中には岩石型の惑星を持つものもきっと数多くあるのにちがいない。しかし、文明を築くような知的生命体が存在するとなると、いったいどのくらいの数があるのだろう?それとも地球のような星は、この銀河でたった一つだけの存在なのだろうか?

 アメリカの天文学者フランク・ドレイクが「天の川銀河に存在する通信可能な地球外文明の数」を求め次の『ドレイクの方程式』を考案した。

 

                 N=R×f×n×f×f×f×L

 

N:通信可能な地球外文明の数

R:銀河系の中の恒星の数

fp:惑星をもつ恒星の割合

ne:恒星が惑星をもつ場合のハビタブルゾーン内の惑星数

fl:ハビタブルゾーンにある惑星で、生命が誕生する割合

fi:生命が知的生命体まで進化する割合

fc:知的生命体が惑星間通信を行う割合

L:文明の存続期間

 

 文明の存続期間(L)を1万年とすると、ドレイクの方程式によれば、天の川銀河に存在する文明を持つ惑星の数は、30個程度となる。確率にして数百億分の1だ。

広大な宇宙の片隅の惑星にあって、自分自身と宇宙を認識できる文明が存在し、夢と希望と不安といささかの絶望をもって今を生きるということは、これは途方もなく奇跡的なことなんだよ。次回は『ロシアの歴史』だ。19世紀ロシア文学の話をしよう。  (完)                                                      2018.11.1