伝説

 

霞を織る織姫

 

 天の川の東岸に、年老いた一人の神様が住んでおられた。その神様に棚機津女(たなばたつめの)(みこと)という一人の美しい姫がおられた。この姫は小さいころから機を織ることが上手で、いつも雲や霧や霞の美しい織物を織っていた。この姫のお蔭で、下界にはいつも自然の景色に美しい変化が起こったので、下界に住む人たちはたいそう喜んだ。

 

 ところが、父神は、姫が追々と年ごろになってきたので、いつまでも独りで置くのも可哀そうにおもい、良き婿を選んで姫と配合(めあ)わそうと考えた。そして色々と男らしい立派な男を求めたが、天の川の向こう岸にいる牽牛という壮者(わかもの)が一番立派で美しかったので、ついに姫の婿にした。

 

 美しい姫に立派な壮者、それは全く似合いの夫婦であった。姫は壮者を心から愛し、壮者も世にも稀な美しく優しい姫を愛した。そして二人は、ただ夢のように父のことも仕事のこともすっかり忘れて、青春の歓喜に酔って幾日も幾日も過ごすようになった。

 

 しかし、二人の歓喜も長くは続かなかった。それは、姫が牽牛を迎えてからは機など見向きもせず、二人で楽しい語らいばかりするようになったため、雲や霧や霞が少しも織り出されなくなったからだ。天界で一日でも雲や霧や霞を織らなかったら、地上ではいろいろな物象の(さわ)りが起こるのであった。父神はそれを心配し、ときどき姫に機織りだけは中止をせぬよう注意したが、若い姫と牽牛には父の注意など耳にも入らなかった。

 

 父神は姫も婿も可愛かったが、それよりも自分の支配している天界や自然界に支障が起きては天神に申し訳がないというので、ある日、残酷ではあったが二人の仲を割いて婿をもとの天の川の西の峰に帰した。

 

 姫も壮者も相愛の仲を割かれるのを悲しんだが、父の命令では仕方なく、再び天の川の東と西の岸に分かれて住むようになった。別れた二人は、互いに川を挟んで恋い焦がれつつ一年の月日を送り、年に一度七月七日の夜、二人の仲を取り持つ(かささぎ)が橋を作ってくれるのを待ちかねてこれを渡り、夏の短い夜を楽しく一緒に過ごしたという。(『伝説乃河内』より)